レオナルド・ダ・ヴィンチ「アンギアーリの戦い」展

1504年、フィレンツェの議会の大広間に描かれた壁画「アンギアーリの戦い」。フィレンツェ共和国とミラノ大公国との戦争の勝利を祝って役所の大広間の壁面用にレオナルド・ダ・ヴィンチに発注されました。
反対側の壁には斜塔で有名なピサ共和国との戦勝記念絵画をミケランジェロに依頼しました。二人とも当時フィレンツェで一流の職人であり国力を周辺に誇示するのに最適でした。


しかしミケランジェロはローマ教皇庁からの仕事を優先し、
レオナルドは新しい技法がうまくいかず投げ出したためこの2枚の壁画は未完で終わります。その後、1555年に行われた改修工事で失われたとされていましたが、近年現存する壁が2重になっておりレオナルドの担当した部分はおそらく当時のまま残されていることが発見されました。

フィレンツェ議会の大広間(現市役所)
発見に至った経緯はジョルジョ・ヴァザーリの描いた現在の壁画に"Cerca trova(探せば見つかる)”と書かれており、レオナルドを信奉していたヴァザーリがあえて下絵を消さずに残したとする説が有効です。


投げ出したとはいえレオナルドの壁画は素晴らしい出来で、近代に至るまで画家たちはそれを必死に模写します。中でも壁画の主要部分は板絵の原画として残されており、1621年からジェノバのドーリア家が所有していました。それが今回日本で初公開となりました。

ネプチューンに扮した
アンドレア・ドーリア
このドーリア家というのは傭兵 によって財を成した一族で仕事のない時には海賊をしてその富を貯めていきます。こうした新興の一族が貴族社会で認められるには、”一流の”美術品を収集して趣味の良さと財力を誇示しなくてはなりません。

トリノのサボイア家が”キリストの遺骸を包んだ”聖骸布を購入したのと同様、ドーリア家は”レオナルドの描いた”この板絵を購入します。この板絵は近代に世界中を彷徨いましたが、絵が戻った後の科学鑑定で”今の所レオナルドの手によるもの”とされたところもこうした品物の面白さの一つだと思います。



京都文化博物館にてレオナルド・ダ・ヴィンチと「アンギアーリの戦い」展8月22日〜11月23日まで開催されます。
ジョヴァンニも関連商品を出店致します。どうぞご来場くださいませ。

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